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ユング山脈の登り方

㈱らくらくカウンセリングオフィス 2011/05/14
らくらくカウンセリングオフィスは、契約企業の従業員にカウンセリングサービスを提供しています。


当社役員の脇田です。

働く方々へのカウンセリングは、通常、来談者中心療法や認知行動療法をベースにした折衷的な方法で行い、基本的にはクライエントの行動や認知をどのように変容していくかを話し合いながら進めるものですが、とは言っても、そのバックグラウンドにはフロイト/ユング以来の「対話による心理的な接触」が常に存在するわけで、そこには必ずフロイト/ユングが定式化した諸問題が発生します。それは例えば、「投影」だったり、その引き戻しだったり、「転移」だったり、「逆転移」だったりするわけで、その意味では現代のカウンセラーもフロイト/ユングが設定した問題のくびきから逃れらるわけではありません。まるで綱につながれた牛が放牧地で草をはむように、私たちはその綱の届く範囲内で、心という名の草を何度も何度も咀嚼していくわけです。

そのため、私は今でもフロイト/ユングを何度も読み直し、そこに描きだされた心理的世界を私自身の中で思い描いて自らの草地を咀嚼してみたり、あるいは人と接するときに「ああこれが抑圧なのだなあ」と思い至ったり、あるいはカミさんと些細なことで口論をした末に「ああ自分にはこんなエディプスコンプレックスがあるのだなあ」とひとり納得したりするわけです。もちろん私は正式な「精神分析家」ではないので、クライエントの夢を分析したりするわけではもちろんありませんが、ただクライエントの心の中をできるだけ共感的に知るには、フロイト/ユングの知見は欠かせない羅針盤です。フロイト/ユングが設定した「綱」は、牛たちの活動範囲を限定していると同時に、豊かな牧草の在り処を示してくれもいるのです。

ところが、フロイトはまだしも、ユングは私にとって、とても遠い存在でなかなか馴染めなかったのが事実です。もちろん型どおりの勉強はしましたし、河合隼雄さんの代表的な著作にも目を通し、またコアの夢分析の講座も受けたりして、それなりにユングへ至る「綱」をたどってきたつもりではあるのですが、では「錬金術やグノーシス主義は原型とどういう関係にあるの?」とか、「普遍的無意識は文字通り普遍なのに、一方で個性化が大切だなんて言うのは何か矛盾してない?」とか、「夢ってどう考えても願望充足だし、それ以上でも以下でもないよね」とか、「共時性って言うけど、それってただの偶然の一致じゃないの?」とか、つまりそんなこんなの勝手な疑問がわいてきて、いまひとつユングを咀嚼しきれていなかったのもまた事実です。

それでふと思い立ち、連休中に「原型論」を読み始めたのですが、やっぱり、ユングならではの博覧強記ぶりと独特の話が乱れ飛ぶ文体についていけなくなり、数ページで飽きてしまうという事態に陥ったのですが、ふとまた思い立ち、「本文が読みにくいときはまず解説・あとがきから読め」という高校時代の現代国語の女性教師の教えを思い出して解説を読むことにしました。そうすると、これがとてつもなく面白い。「え!、原型ってそういう意味だったの」と、いくつもの発見と啓発にあふれた内容でした。この解説は、翻訳者の林道義さんが書いているのですが、衆知のとおり、林さんは、数少ない東大学派のユンギアンとしてユングの大著を訳出している大家です。解説をよく読んでいくと、この人の著作に「ユング思想の真髄」という本があることがわかり、まずはこれを読むことに方向転換しました。ところがこの本は、残念ながら今は絶版となって本屋には出ていないのですが、私はさっそくアマゾンの古書サイトで手に入れ、連休の残った時間をこの本の読破にあてました。

「ユング山脈」という言葉があるとおり、ユングの著作は切り立つ絶壁のように読破するのが困難だと言われています。それでも、たった1冊の解説本が、有能なシェルパのように道案内をしてくれることによって、なんとかハーケンを岩壁に打ち込むことができるところまでは、私のユング理解は進んだようです。今はちょうど5合目くらいまで来たような感じがします。遠くにの眼下にはフロイトのヒステリー研究やリビドー理論の尾根も見えますが、同時に、「原型論」という名の頂も、何とかあと一歩までたどりつけそうですし、そこを起点にすれば錬金術や宗教学の尾根線もなんとか縦走できそうです。私の首の周りにつながれたユングの「綱」は、まだしっかりと行き先を示してくれています。

というわけで、今回はこの「ユング思想の真髄」という本の紹介でした。この本のタイトルに再度着目してください。「ユング心理学」ではなく、「ユング思想」となっているところに、林さんの炯眼が光っています。そう、ユングの理論は臨床心理学として読むよりも前に、まず「思想」として理解すべきだというのが林さんの首尾一貫した考え方です。この違いがわかった時、目の前のもやもやとした霧が晴れて、河合隼雄さんのユング論との違いが明瞭に読めてくるでしょう。河合さんは臨床心理学者であり精神科医ですが、林さんは経済学から入ったユンギアンです。その両者の違いが、ユングの著作の読みの角度と焦点の当て方の違いとなって明瞭に現れています。ぜひ、古本屋で買うか、図書館で探してみてください。お勧めの1冊です。

ではまた。

 

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