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ポロックのマンダラ

㈱らくらくカウンセリングオフィス 2012/01/17
らくらくカウンセリングオフィスは、アートセラピーでクライエントのこころと対話をします。

愛知県美術館で開催中の「ジャクソン・ポロック展」を観てきました。巡回のスタートが名古屋だからなのか、雑誌やテレビの美術情報でもこの展覧会のことが盛んに取り上げられているので、すでにご覧になった方も多いでしょう。ちなみに今月の21日が最終日なので、地元で見たい方はお早目にどうぞ。

ポロックは、「ポーリング」とか「オールオーバー」といった手法で知られる抽象画の作家です。好き嫌いがはっきりと分かれるところでしょうが、私は昔から彼の作品が好きで、ぜひ一度本物を見てみたいと思っていました。特に今回の展覧会は、若い頃の作品から最晩年の作品まで時を追って系統だった展示がされているので、彼がどのように作風を変化させていったかがよく分かります。20代の頃のキュビズムやインディアンアートやシュールリアリズムの影響を受けていた時の作品も面白いですし、30~40代のポーリングやドロッピング全盛期の頃もよいですし、また晩年の墨一色の作品も味わいがあります。

しかしこのようにポロックの作品を「芸術作品」として“観賞する”よりも、私はむしろ、アルコール中毒という精神疾患を抱えた一人のクライエントの内的世界を観るような思いで作品に向き合いました。実は私も、NHKの「日曜美術館」の放送で初めて知ったのですが、若い頃のポロックはアルコールから抜けられず、その治療のために精神分析を受けたそうです。治療者はおそらく1930年代のアメリカの分析医でしょうから、権威主義的で厳格なフロイト主義者であったと想像できます。そのため、ポロックのようにかなり自己愛パーソナリティの強い人には十分に治療効果はなかったかも知れませんが、それでも自分の内的世界や内的対象を見つめることはできたと思います。初期の作品には、そのような奇怪な対象群が投影された作品がいくつもありました。

おそらくポロックにとって、絵を描くという行為や「ポーリング」という技法は、ユングがマンダラを描くのと同じような自己治療の効果があったのでしょう。ポロック自身も、自分は意図的に描いているのでもなくまた偶然性の効果を狙ってポーリングしているのでもないと言っているくらいですから、まさに「前意識的」にインクを垂らしていたと言っていいでしょう。それはちょうどユング派の箱庭療法やアートセラピーを受けるクライエントと同じ心的状態だったと言えるでしょう。

ポロックの絵は、このような作品であるため、観る人のこころの中にも複雑な心的作用を呼び起こします。多くの人にとっては「下らん、ただの落書きだ」というスプリッティングを引き起こすかもしれません。事実、ポロックが活躍した1950年代のアメリカではそうでしたし、今でもそのように感じる人は少なくないでしょう。これは多くの「アウトサイダーアート」が観客に引き起こすのと同じ効果です。

しかし、私はポロックの絵から何かとても深い原初的なこころのざわめきを感じました。ちょうど分析家がクライエントの自由連想を聞きながら、あるいは箱庭に配置されたオブジェクトを眺めながら、もの思いの中で逆転移を起こすように、ポロックの絵は私のこころを退行へと導き、不思議な連想を呼び醒まします。それは例えば、幼いころに経験した公園でのどろ遊びの快感だったり、あるいは排泄行為のそれだったりします。同じような快感を、ポロックも筆の一滴を垂らすごとに感じていたのかもしれません。

展覧会場内には、ポロックが最盛期に使っていたアトリエが再現されています。ほぼ実物大のアトリエで、床には滴り落ちたペンキの跡が原寸大の写真で再現されています。よく見ると、ポロックの足跡も残っています。私はこのアトリエの中に立って周りを見回した時、不思議な「胎内回帰」を感じました。落ち着くような、あるいは逆に取り残されそうになる不安のような、両義的な感覚です。「不在の乳房」に再会するような感覚と言っていいでしょうか。そのような感覚を抱きながらポロックも作品を作ったのかもしれません。そのためか、このアトリエで絵を描くようになってから、奥さんの支えもあり、ポロックのアルコール中毒は寛懐したと言われています。(もっとも、後に絵が描けなくなってから再発し、それが原因で交通事故にあい、45歳の生涯を閉じるのですが)

展覧会場の最後には、晩年の作品が展示されています。多くの批評家は、ポロックの晩年の作品には批判的です。確かに私たちが観ても、晩年の黒一色を使った作品は「オールオーバー」の手法が消えて平板な感じになり、かつての面白さが失せているように感じます。しかし視点を変えて考えてみると、ポロックの内的世界が、最盛期に優位であった「妄想分裂態勢」から、絵画界での成功を経て「抑うつ態勢」へと移ってきたのが原因かもしれません。つまり、安定した生活と環境を得てポロックの内的世界が変形されてきたため、「絵を描く」と言う行為自体がアルファ要素として思考の次元へと上がってきた。だからこそ、あれやこれやと試行錯誤する必要に迫られてしまったのではないでしょうか。私にはそう思えてなりません。

「自室に飾っておきたい絵がその人にとって最高の絵画だ」とよく言われます。私にとってポロックは、そのような絵です。もちろん、ポロックの作品を買えるだけのお金があればの話ですが...

 

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