らくらくカウンセリングオフィスは、「職業と人生」についてクライエントといっしょに考えていきます。
当社カウンセラーの脇田です。
岐阜市内のやや東寄りに再開発地区があり、住宅やショッピングセンターが立ち並ぶ中に「岐阜県美術館」があります。ここで年に1回、「円空賞」の授賞式と、受賞作品の展覧会が開かれています。これは、美濃出身の僧侶で「円空仏」でしられる「円空さん」にちなんだ展覧会で、自然と人間とのかかわりをテーマにして優れた芸術作品を称揚するのがその趣旨です。今年のこの賞に、彫刻家の流政之やフランス・クライスバーグらに加えて舞踏家の田中泯さんが選ばれました。私は以前から泯さんの踊りが好きでしたが、今回、昔の仕事仲間から展覧会のことを知らされ、岐阜まで見に行った次第です。(初日には踊りも披露されたようでしたが、その日には行けず、私は会場で映像と写真展示を見ただけですが)
円空さんの仏像は素朴で親しみやすい造形でよく知られています。今回の展覧会場にも、最初のコーナーに円空仏が展示されおり、この展覧会のコンセプトを象徴しているわけですが、確かに受賞作はどれも自然の素材や形態を生かしたもので、そこには自然界の持つ力強さや猛々しさ、あるいは繊細さやもろさがよく表現されています。
ところで、心理学の世界では、人間の創造活動についてユングの象徴論がよく知られており、私もこのブログでよく紹介しているのですが、精神分析学の理論でも実は大きなテーマとして取り上げられ研究がなされています。もちろんフロイトがミケランジェロやゲーテを取り上げたのは有名ですが、フロイトだけでなく、その後継者も発達理論との関係で芸術を論じています。とくに、クライン派のハンナ・スィーガルは、クラインとビオンの象徴形成理論を発展させ、独自の芸術論を展開しています。
スィーガルは、乳児が「妄想分裂(PS)態勢」の後のやや発達が進んだ段階である「抑うつ(D)態勢」に注目します。D態勢は、PS態勢で失われたり破壊されてしまった対象(具体的には母親の乳房のことです)を取り戻そうとする段階で、迫害的であった部分対象や全体対象に対して新たな働きかけをする段階です。この働きかけがクラインの言うところの「償い」であり、スィーガルはそこにこそ創造活動の萌芽があり、償いの中で内的世界の再創造(象徴形成)が行われていくと言っています。
私が「面白いな」と思う芸術作品には、このようなD態勢的な内的世界を表現したものです。ジャクソン・ポロックの一見でたらめで偶然的に見える絵画にも、PS態勢からD態勢へとうつろう微妙なバランスを感じます。同じような感じを、私は円空さんの木彫にも見出しますし、田中泯の舞踏にも感じ取ります。
「円空展」の会場は受賞者ごとのコーナーに分かれ、彫刻家や造形作家のコーナーにはその人の作品が展示されているのですが、「舞踏」が授賞作である田中泯さんのコーナーには、踊りの様子を撮影した写真が展示されています。中でも、岡田正人さんの写真は、泯さんがあの独特の踊りを始めた70年代から撮り続けているもので、残念ながら岡田さんは数年前に亡くなってしまったのですが、その撮影作品が今回泯さんのコーナーに展示されています。
岡田さんの撮った泯さんの写真で私が最も心ひかれるのは、東京の「夢の島」で撮った写真です。当時「夢の島」は埋立地であり、都内のゴミの集積場でもありました。メタンガスとハエが飛び交う中で行われた泯さんのパフォーマンスの記録が、この写真です。この場所はまさに、心理学的にいえば都会の「糞尿の排泄場所」であり、破壊された部分対象が押し込められる「不在の乳房」の場所であったはずです。その場所から今まさに立ち上がろうとする泯さんの踊りの様子は、まさにPS態勢からD態勢へとうつろう乳児の姿を思わせます。かつて誰でもが「おしめ」をあてられながら経験した対象関係の場所が、ここには再創造されているように私は思います。
「円空展」は3月4日までの開催で、3日と4日には羽島と関で泯さんのパフォーマンス(「場踊り」とそれは呼ばれています)も行われる予定です。時間のある方は是非一度ご覧ください。
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